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高気密高断熱住宅に関する話題。 時事ネタなど。
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敬愛する林英臣先生のメルマガから
抜粋/転載させていただきます。

ご興味の方は、購読されてみてはいかがでしょう?



[略]天から受けた我が使命であるところの「天命」に気付いた状態が
成仏であり、そこをスタートに、思う存分生命を輝かせて、利他大乗
(世のため人のため)に生きるのが密教の意義ということである。
空海は、それに至るための十段階の「心の進化プロセス」を示していた。それが
「十住心論」だ。その要点を述べておく。(「住心」とは心の住むところのこと)。
第一住心~動物的な本能のままに生きる段階で、倫理以前の世界。利を貪り欲
のみに生き、他者を攻撃し、また他者から排撃され、憤怒や嫉妬の世界に
はまって苦しんでいる。
第二住心~道徳心が芽生え、善いことをしたいと思うようになる段階。但し、
他人に良く思われたい、認められたい、誉められたい、自慢したいという子供
じみた心に覆われている。他人の欠点が目に付き、常に誰かを裁こうともする。
第三住心~宗教心に目覚め、神様や仏様が守ってくれるから大丈夫という気持ち
になる段階。但し、何となく救われた・安らいだという感覚が生じた状態に過ぎ
ない。母親に抱かれた幼子のような安心感を求める“癒し系”レベル。
第四住心~否定と疑問の心によって、幼子の意識を去る段階。「自分は本当に存在
しているのだろうか」「自分とは何なのか」と。但し、関心が自分のことに
留まっており、自己一身の救いと向上を目的にしているだけ。疑問に基づく
批評家止まりで、自己確立されたものは殆ど無い。
第五住心~因縁(直接原因+間接原因)によって、否定の向こうに存在している
自分に気付く段階。自己は一切の因縁によって成り立っていると。但し、この
段階も自己一身に対する気付きであって、人々の役に立ったり、何かを教えたり
するということは無い。
第六住心~人の役に立ち、世の中を変えようという利他の慈悲心を起こす段階。
自分の心を広げ、あらゆる命あるものへの愛情を持つようになる。但し、この
段階では表観(表面的な観方)に囚われ、人々を区別し差別しながら見てしま
う。
第七住心~「空(くう)」の哲学によって、区別や差別を超える段階。第四の
自己の否定に続き、この第七では一切を空であると否定する。こうして2回殻を
破るのだが、この段階のままだと、虚無主義に陥ってしまう。
第八住心~あらゆる存在に「仏性」が宿されていることを知って、全てに救われ
る可能性があることに気付く段階。固定的な実体が無く一切が空であるから
こそ、この世は清浄である。清浄であるからこそ全てに仏性が宿されることに
なり、仏性があれば一切は平等であると。では、その仏性の大本は?
第九住心~あらゆる存在に仏性を与えている大本は毘盧遮那仏(宇宙太陽仏)の
光なり。それが遍く照っているから、全てに仏性が宿されているのであると覚る
段階。そして仏性を頂いたあらゆる存在は、全体として統一されつつ組み合わさ
っている。さあ、ではどう生きるか?
第十住心~大宇宙の光(愛)である仏性を受けている自分は「宇宙と一体」
なり。大日如来(大宇宙の根本原理)と自己が結ばれ、心が宇宙大になった
段階。これを即身成仏と言い、大宇宙進化の先頭に立った自分は、自由自在の
力を得て思う存分天命に生きていく!
この十住心論は、儒教、道教、仏教などあらゆる東洋思想を網羅し、仏教に
おいても諸宗派の教えと教典を統合した、空海独自の綜合思想だ。
こうして、全人類をまとめて進化(成仏)させる教えが密教の本質と言えよう。
大宇宙と自分を結び、生命と人間を大肯定する知行合一の学が、空前絶後の巨人
・空海によって説かれていたのである。



宗教とかいうと、とかく胡散臭いと思われる方が多いと思います。
江戸時代までは學問というと、儒学(儒教)とか仏教とか
道徳に関することが學問であり、本学と謂われました。
算盤とか生活を支えるための技術などなどは、末学と謂われ
「本末転倒」という言葉のあるとおり、本学が主でした。

今はどうでしょう?

本学はどこか彼方に忘れ去られ、末学のみになってしまいました。
政治家や政策の質について問われることの多い昨今ではありますが
人材が払底しているのは、本学を忘れてしまったからではないか?
そんな気がします。

本をすこし読みましたが、私の中で一番琴線に触れたのは
若かりし頃の安岡正篤(やすおかまさひろ)先生の著書です。
「王陽明研究」「日本精神の研究」が特に好きですね。


冒頭の引用からの話が、ずれてしまいました・・・。

このレベル10段階に、今の自分がどこに当てはまりますでしょうか?
1ですか?ちょっと寂しいですね。
2ですか?なかなか居ないかもしれませんよ?
しかし、人間いつでも同じ状態では居られません。

四書のうち「大學」で説かれているように、
静かに定まる必要があります。
自分以外の外界からの刺激によって
普段物静かな人が激高したりするのは、
「定まって」いないからです。

自分もそうですが、やはり何かのきっかけで
くだらないことに腹を立てて、不平不満を抱き
ときにぶちまけ、罵詈雑言を吐く。

そういうことをしなくても、平静平穏を保ち
安定した自分自身を動かさないようになれたらいいな
と思います。
こればっかりは、日々修行です。

だが、ときには危害を及ぼされることもあります。
謂われない非難や要求であったり、暴力であるかもしれません。

そういう場合は、現代では最終的には警察力に頼ることになる
のでしょうが、とっかかりは「武」でしょう。
文武不岐とは良く云ったものです。
健康のためにも体を鍛えたいと思います。
ダイエットと筋トレは、努力すればしただけ
必ず報われる数少ない事象ですし。
これは、車の両輪であって
道徳心ばかり高めようとしていろいろなことをしても
体の鍛練を疎かにしてはうまく進みません。
なぜか落ち着きます。不思議です。
体=體だからでしょうか?
正字(旧字)の方が本質を顕していますよね。

だらだらと書いてしまいました。
ここまでお付き合いいただけた方が、どれほどおられるか
わかりませんが、ありがとうございました。

やはり、人として生まれた限り人としての完成を
目指して精進を続けて参りたいと思います。
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